数学や物理学を学ぶ際に、考えを整理する上で情報という視点は非常に普遍的である。以下、幾つかの例を挙げながら、情報という視点の有用性を説明する。
例0:数学と物理学
多少単純化して言えば、数学も物理学も「与えられた既知の情報から、未知の情報を明らかにする作業」だと言える。
例1:代数方程式
例えば、未知数についての方程式
を考えてみる。情報という視点で見れば、これは未知数についての情報を、方程式という数学的形式で与えていると解釈出来る。そして、方程式を解くということは、について与えられたこの情報から、元の数を復元する作業だと言える。
もちろん、上記のように単純な1次方程式の場合には復元は簡単であるが、例えば
というように、情報を与える数学的形式を少し変化させると、事情はずっと複雑になる。こうなると、事情をより慎重に吟味し、未知数の復元という問題に真剣に取り組む必要が生じる。そうして代数学という理論が生まれ、例えば代数学の基本定理といった成果が結実する。
例2:関数方程式
未知のモノは必ずしも数である必要はない。例えば、未知関数についての方程式
を見てみる。この方程式は未知の関数についての情報を、微分という数学的形式で与えているので、微分方程式と呼ばれる。また、関数についての方程式であるということに注目して、関数方程式とカテゴライズすることも出来る。
この方程式から復元しなければならないのは関数であり、これは単なる数よりもずっと複雑な数学的構造体である。実際、関数とは、変数のそれぞれの値に対して、どんな数を返すのかという情報の集合体である。だから、関数を復元するためには、が取りうるあらゆる値について、それに対応するを明らかにする必要がある。これは一般に非常に困難な作業となる。
微分方程式は関数についての局所的な情報を与えているが、全ての関数方程式がそうである必要はない。例えば、
これも、未知の関数についての情報を方程式の形式で与えているから、立派な関数方程式である。
例3:ニュートンの運動方程式
は、数学的には微分方程式に分類される。実際、未知のモノは時間に関する位置座標関数であり、方程式はその2階の導関数
についてのものである。
この方程式が実際、物体の運動について情報を与えるためには、力は物体の運動とは独立で、既知の情報でなければならない。これは当たり前のことに聞こえるが、実はそうでもない。少しマイナーだが、これがよく分かる例を挙げよう。
力は、一般的な文脈ではその変数を明示して
と表記される。つまり力は一般に、運動体の位置、速度、時間に依存して決まるというのだ。しかしそもそもももの関数なのだから、力は単に時間にのみ依存すると思ってと表記して良いのではないだろうか。
ここで注意すべきは、力が時間によってどう決まるか、つまりが具体的ににどう依存しているかという情報を知るためにはとの時間依存性の完全な情報が必要であるという点だ。つまりの情報を得るためには方程式を解かなければならない! だから、方程式の要素としてという表記を用いることは出来ないのである。
一方で、力がや、そしてからどのように定まるか、その既知の情報をと表す。それで私達は力について、と表記し、とは書かないのである。なぜなら方程式の中に出てくるは既知の情報でなければならないからだ。逆に言えば、力が物体の運動の時間依存性とは独立して定義できるから、ニュートン力学が成功したということになる。
もちろん、これは一般的な話をする場合であって、個別具体的な事例において力が時間にどのように依存するか最初から完全に明らかになっている場合もあるだろう。そういう時はと書いて何ら差し支えない。